・品川神社に行くから近くに神社はある?
・品川神社例大祭のあと歩いて回れる?
・新馬場駅から神社巡りできる?
私は品川神社の例祭にあわせて神社巡りを計画し、その一社として熊野稲荷八幡三社へ参拝に上がりました。
この記事では、実際に参拝して感じた魅力や、帰宅後に調べて分かった歴史をご紹介します。新馬場駅周辺で神社巡りを計画されている方の参考になれば嬉しく思います。
熊野稲荷八幡三社を実際に参拝して感じた魅力

品川神社の例祭へ参拝に上がることを決めた私は、せっかく新馬場駅まで行くなら、歩いて巡れる神社も一緒に参拝に上がりたいと思い、事前に神社巡りのしおりを作成しました。
その中の一社が、熊野稲荷八幡三社です。
実際に訪れてみると、熊野稲荷八幡三社は荏原神社の塀を挟んですぐ横に静かに鎮座していました。
境内は決して大きくありません。
三つのお社が並ぶ小さな境内ですが、その前には立派なコンクリートの鳥居が建てられています。
その姿を見たとき、私は「これからも大切に守り、残していきたい。」そんな願いが込められているように感じました。
私は、こうした小さなお社に出会うと、
「ここを守り続けてくださった方がいるから、今こうして参拝に上がることができる。」
と感じます。
私は、有名な神社だけでなく、このような地域の方々に大切に受け継がれてきたお社にも足を運ぶことは、神社巡りの大きな魅力の一つだと感じています。
熊野稲荷八幡三社!荏原神社の由緒から見えてきた熊野とのご縁

熊野稲荷八幡三社へ参拝し旅を終え帰宅後、写真を見返していると「熊野」という名前が目に留まりました。
「この熊野は、和歌山県の熊野ではないだろうか。」
私は数年前、半年の間に二度熊野古道を訪れています。
だからこそ、東京都品川区に「熊野」という名前があることが気になり、荏原神社の由緒を調べてみました。
すると、荏原神社の由緒には、
「当社の祠官、鈴木氏は紀伊熊野の出自で、室町時代より江戸時代を通じて当社に奉仕してきました。また室町期には代々上杉氏につかえるなど、神職であると同時に武士としても数々の勲功をあらわしています。」
と記されていました。
さらに、
「この鈴木氏歴代神官の武士としての活動は、わが国の戦国時代において、神社を維持するだけでなく、多くの武将の衰微を見守ってきたのです。」
とも紹介されています。
「紀伊熊野」とは、現在の和歌山県にあたる熊野地方のことです。
これを読んだとき、私が感じた「和歌山県の熊野ではないだろうか」という予想は、間違っていなかったのだと分かりました。
一方で、熊野稲荷八幡三社と荏原神社との具体的な関係については、由緒の中に明記されているわけではありません。
しかし、実際に訪れてみると、熊野稲荷八幡三社は荏原神社の塀を挟んですぐ横に鎮座しています。
その場所に立った後、荏原神社の由緒を読み返してみると、この地でも熊野とのご縁が大切に受け継がれてきたのかもしれないと感じました。
歴史には、資料として残されている事実と、現地に立って初めて感じられることがあります。
今回の熊野稲荷八幡三社も、私にとってはそんな神社の一つでした。
熊野稲荷八幡三社 基本情報

| 名称 | 熊野稲荷八幡三社 (くまのいなりはちまんさんしゃ) ※公式サイトや公式資料で読み方を確認できなかったため、一般的な読み方で表記しています |
| 住所 | 〒140-0001 東京都品川区北品川2丁目30−1 (荏原神社の塀を挟んだとなり) |
| 電話番号 | 無 |
| 公式サイト | 無 |
| 公式SNS | 無 |
| 開閉門時間 | 24時間 |
| 社務所開閉門時間 | 無 |
熊野稲荷八幡三社 アクセス
| 最寄り駅 | 京急本線 新馬場駅 |
| アクセス | 徒歩6分 |
| 駐車場 | 無 |
旅は、現地を歩いている時間だけでは終わりません。
写真を見返し、その土地の歴史や由緒に触れることで、旅の楽しみはさらに広がっていきます。
熊野稲荷八幡三社へ参拝に上がる際は、ぜひ荏原神社にもあわせて参拝に上がり、この地に受け継がれてきた歴史に思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。